圧倒的な強さを見せ付けた
G1へグレードアップする以前、13回目となるフェブラリーステークスを制したのはホクトベガでした。中央のG1でも既に1勝をマークしていた同馬は、未だダート路線が完全でない中で牝馬にして牡馬にも引け劣らない、圧倒的な強さを見せておりました。
エリザベス女王杯では、その他の強豪であるノースフライトやベガを完封して、大会制覇を成し遂げています。しかし同馬はその後も芝の重賞を進みますが、成績がイマイチ振るいません。その成績不振から、実力もまぐれだと思われていた同馬に転機が訪れます。
地方交流戦であった川崎競馬のエンプレス杯での事でした。もちろん、関東でも屈指の南関東競馬の強豪が迎え討ちますが、そんな強豪相手に18馬身差という圧倒的大差で大勝利を収めます。後に交流重賞ではその強さを如何なく発揮し、活躍の場を広げていきます。
ダート路線に転向してからは、加藤騎手との中央ダート重賞で結果を残すことができず、横山騎手との相性やダートの砂質、同馬のレベルなどの要素が相まってか、ダート路線では徐々に目覚ましい活躍を遂げていきます。この時、獲得賞金額は牝馬にして8億8000万円以上に上り、この異例とも言える獲得賞金から同馬の残してきた実績が伺えます。
同馬の引退レースの場として、ドバイワールドカップに臨むことになります。しかし、そのレース中にアクシデントに見舞われ、生産界入りも叶わずに安楽死となります。当時のダート界においては、これほどまでに最強の高みにまで上り詰めた馬はいなかったでしょう。

